当たり前と感じる日常が「奇跡」と言われる理由

No.80

 

こんばんは・ののです^^

今週は出かけていることが多く、なかなか更新できずでした◎あちゃー

でも、とってもいい時間を過ごせていました*

 

この数日、たくさんのお話を聞かせてもらった中で、『なるほど!』としっくりきたことをちょこっと書いておこうと思います。

 

 

当たり前が『奇跡』だと言われる理由

 

 

当たり前なんて一つもない!日常は奇跡の連続だ!

こんな言葉をみなさんも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

あえて『当たり前』という言葉をそのまま使うとしたら

つまり『当たり前の日常』=『奇跡』とも言える訳で。

 

 

のの、実はずっとピンときてなかったんです◎

 

なんていうか、こう

『その発想、ちょっと私にはキラキラすぎるなぁ・・・』と。笑

しかし今回ある方のお話の中に出てきた例えがとっともわかりやすく、

初めて『あ。なるほど!』としっくりきました。

そのお話とは。

 

みなさん

 

想像してみてください。

 

 

あたなの右手、

現在指が五本あるとします。(おそらく五本が大多数かと!)

 

そこに、もう一本生えてきて

六本になったら

 

 

それは『奇跡』と感じますか?

 

・・・・

 

多分、ほとんどの方が

『ひぃぃぃーーーーーーーーーー!!!!!!』と叫びながら

慌てて病院に駆け込むと思うんです◎

 

そうこれは『異常だ!』と感じるから。

 

 

 

では、

 

あなたの左手がもし何らかの原因で突然動かなくなってしまったとします。

 

もう五年も動かない。

 

感覚もない。

 

大好きなスポーツの諦め、両手でものを運ぶことも難しい。

 

そんな、悲しいかなそこに付いているだけのあなたの左手がある日

 

指先に温度感覚を取り戻し

五年前のように、指を動かせるようになったなら

それをどう感じるでしょうか?

 

・・・・・

 

きっと多くの人が

『やったーーーーーーーーー!!!!』と叫び

喜びが込み上げてくるのではないでしょうか。

 

 

この二つの例を端的にいうと

人は、新しく生まれることを「奇跡」と感じるのではなく、

『本来の姿に戻れること』を【奇跡】だと感じるということ。

そしてそこには込み上げる喜びがある。

 

 

つまり、本人にとって当たり前にできてることは

その当たり前の姿を失ったことを思うと、奇跡そのものなんですよね。

 

まぁ、なかなか普段暮らしていると、そんなにわかりやすく、日常を失うことってないので、けろっと忘れちゃうことも多々あるんじゃないかと◎

 

でも、常に自分が『ゼロスタート』な訳ではない、と少し頭の片隅に置いておいたなら、ふとした時、『日常奇跡』を感じられるのではないかと思います。

 

風邪を引いて咳が出ていたのが、咳が止まり、食欲が戻る。
運動して筋肉痛だったのが、段々と治り、元のように動かせる。
寝不足で頭痛がしていたのが、ゆっくり休んで頭痛が治る。

 

ね?奇跡って実はそんなに大きくなく、私たちの日常にころりんと転がっているんです*

 

奇跡には喜びがくっついています。

 

元気になる!
存分にまた動ける!

これって結構嬉しいこと*

 

小さな奇跡ちゃんを探す毎日を楽しんでみようと思っています♪

 

レッツ!奇跡ちゃん探し!☆

お空キレー

 

いつも読んでくださっている方の心が
ほっくり耕されるヒントになれると嬉しいです*

 

ご縁に感謝*